うちに「まもかあ」がいるんですけど? 

 強面で喧嘩腰だけど、お化けが怖くて涙もろい父。身体は小さいが心は逞しく、常にいきすぎた断舎利を貫く母。身の回りのことは何一つできない二匹の銭亀。そして元同人女の私。そんな家族の騒々しい日常+α。

Category: スポンサー広告

スポンサーサイト 

--/--/-- --.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

edit

CM: --
TB: --

page top

Category: 入院日記

適度って人それぞれ違うからね! 

2012/09/27 Thu.

 以前ブログにアップした子宮筋腫の手術の前に、ひなこは痔の手術も受けていました。

 術後の経過が良かったので、衰えた体力を回復させる為、朝4時半起きのウォーキングを再開したところ、縫合している患部が腫れてなんかたくさん血まじりの体液が出て、痛くて眠れなくなりました。

 翌朝父に運転してもらって診察に行き症状を説明したところ。

医者『血まじりの汁ってありえんよ。何しよったん?』

ひ『運動しろと言われてましたのでウォーキングしたらこんななりました』

医者『確かに運動はせないかんけど…どれくらいの距離歩いたん?』

ひ『距離はよくわかりませんが、とりあえず1時間半くらい歩きました』

医者『やり過ぎやがな!ものには限度っちゅうもんがあるんよ!手術してまだ10日しかたってないのにそんなに急に1時間半も!?適度な運動って言うとったやん!せいぜい15分か20分にしときなさいよ!!』

『適度な運動なんてあいまいな表現されても…。最初から20分なら20分と言うといてくれたら…』

医者『いくらなんでも極端すぎるやろ!!』

医者『こんなに腫れたらそら痛いわ。しばらく安静にしときなさいね。汁言うんはよく擦り傷作った時とかに血とは別に透明な体液が出て来るやろ。あれと同じやから。患部が感染症おこしてるから膿は出るけど何回か出たら治るし大丈夫やろ。』

 ひなこは大変真面目で一生懸命に極端な人間だと周囲の友人達からの評価をいただいております。

「ひなこは一生懸命やっている」ではなく、「ひなこは狂ったようにやっている」←の表現の方が正しいそうだ)そしてそれが発揮されるのはたいてい有難くない状況においてが多く、『やり過ぎ』の為に身体を壊すことしばしばで、本人は決してやりすぎている自覚がなく改善の仕方が未だ分かりません。



↓そりゃやりすぎやがな…と思われた方ぽちっとv

おもしろ日記 ブログランキングへ

にほんブログ村
スポンサーサイト

edit

CM: 4
TB: 0

page top

Category: 入院日記

ひなこ血液型が変わる。 

2012/09/25 Tue.

5年前に子宮筋腫で入院する前のこと、ひなこは個人的に大変ショックな事実が判明してしまい、その日1日ひとり大騒ぎしておりました。

『今年は身体のメンテナンスの年なのよ! 』


と単なる厄年なのを前向きに解釈し、以前から気になっていた不具合を治そうと一大決心をし、今年2度目の手術をすることになりました。

医者『お腹切るけどいい?』

『切らずにできるようなら是非切らずにお願いします!!』 ←自己主張をする時は大きな声で!

医者『いやそんな…無理だから…!!』

 …という訳で切腹することになりました。輸血をしながらの手術になるということで、血液検査をしたところ…

医者『梅毒も、C型、B型肝炎もなし!O型RH+で間違いないね?』

   ↑あってたまるか!!

『えっ!?O型?A型じゃないんですか!?』

医者『検査の結果はO型で出てるよ?違うの?』

ひ『高校と短大で2回血液型判定したのですが、2回ともA型RH+の判定だったので、A型だと思ってたんですが…O型?』

 私は短大の時血液型判定の結果を見せてもらった記憶があり、その時青色試薬がきちんとまざらず変な分離をしたのに対し、黄色試薬がオレンジになったのを確認している。だから間違いなく短大時分のひなこの血液型はA型だと確信しているのだ。

医者『うちの検査に間違いはないはずだから、前の検査が妖しいんじゃないの?目の前で検査し直してもいいよ。間違ってると大変だから。』

 しっかり目の前で腕から採血し、その血で検査をしてもらいました。

検『これがA型の血液、これがO型の血液、こちらがあなたの血液です。入れて混ぜてみますね。』

 どうしたことでしょう!?以前は分離した青色試薬が紫に変色したのです。

検『A型の人は青色試薬に反応します。B型の人は黄色の試薬に反応します。AB型の人は両方に反応します。O型はどちらにも反応せずきれいに混ざります。ひなこさんの血は反応のないO型と同じなのでO型ということになります。』



ひ『血液型が変わるってことあるんですか?』

医者『子供は変わることがあるけど、大人はあり得ないよ。』

『あり得ないなら説明がつかないですよ!!(医者が現実から目をそらしたらあかんがな!!)』    

…という次第でひなこの血液は短大卒業後~現時点までの間のどこかでAからOへとありえない変化を遂げたという事実が発覚しました。


 こうなると27にして自分の血液型がO型だったと知らされた(それまでずっとA型と信じていた)兄自身の血液も同じように変化した可能性が発生し、高校時分にA型判定をうけている弟の血液型も現在疑わしくなってきた。

 A型人生が長いひなこ。

 性格だって昔は疑いようのないA型気質でした。

 ここ数年O型に間違われる事なきにしもあらずだったのは周囲にO型人口の占める割合が増え、影響されたものと信じて疑わなかったのですが。

 色んな魅力のあるO型は憧れの血液型には違いなかったが、素直に喜べないのはSさんの存在。(SさんもO型)

S『やっぱりね!血液型占いなんてアテにならないってことがよく分ったでしょ!!』

 血液型占いや統計が大好きな私とは逆に、Sさんは『あんなものは嘘だ!』と公言してはばからない間違いようのない片付けできない派のO型です。(O型は2通りのタイプに別れる。片付けできない派とマイルールにこだわりを持つ片付けできる派だ。共通の特徴は『己が常識』『己が普通』という認識をもとにものごとを判断するところだろう。総じて頑固で説教が好きだ。)

 Sさんのサイトを先日のぞきに行くと『全財産30円でひもじい』と書いていたので驚いて電話すると、 『今日の夕食はうまか棒』とか言ってる計画性のなさだ!!

ひ『連休東京行くんでしょ!大丈夫なの?』

S『私きっと東京行ったら死ぬんじゃないかと思う。』

ひ『何でまた…?』

『数子に今月死にます言われてる。』

『血液型占いは信じないのに細●数子は信じるのかい!!』


 本当にO型に変わってしまったのなら…そのうち私もこういうノリになるのかと思うと恐くて仕方がない…。



↓いつも応援していただき、ありがとうございますv

おもしろ日記 ブログランキングへ

にほんブログ村

edit

CM: 0
TB: 0

page top

Category: 入院日記

過去の入院日記 その3(完) 

2012/09/15 Sat.

■入院9日目■

 食堂でお茶汲んでたら、夕べ出産したらしい家族がいて、新生児室で産まれた我が子の顔を見て来たらしい旦那さんが、家族に赤ちゃんの容姿を

『モモカ(←上の子らしい)より顔がコンバットやった!』

と説明していました。

どんな攻撃的な顔した赤ちゃんなん!?
 家族、ポカ~ンとしてるから旦那が

『顔が小さいんよ?』

と追説。

それは『コンパクト』だろー!!

 笑うと腹の止め金がひきつって痛いから笑わないようにしてたのにツボに入ってしばらく動けなくなってました。

 今日看護婦さんに『忙しいので洗髪1人で頑張ってみてください。無理そうなら手伝いますので』と看護拒否をされました。しかし、何度も痛い目にあってるので自分でできるようなら自分でした方が絶対イイと思い、チャレンジ。そこらあたり水びたしにしてしまいましたがなんとかできました…疲労困憊…。

■入院11日目■

 やっと腹の留め金をはずしてもらいました。外す時医者に

『両手を胸の上で組んで歯をくいしばっとってね』

と言われたけれど、点滴の針の方がまだ痛かったくらいでした…。

 私の担当になる看護婦さんはサザエさんが多くて、昨日は点滴の針を抜く前に、針カバーを押し出してくれたために、カバーに皮膚が押されて針が高速で引き抜かれ流血沙汰に…

サ 『すいませんっ五分くらい血がとまらないかも…押さえて胸より上に上げてて下さいっ』

 私の血管達は恥ずかしがりやでなかなか表に出たがらないものだから、いつも針を指すのは手の甲…見えないところにしてほしいな…。

  抜糸後は腹のストッパーがなくなったことで、うっかり腹に力入れたりしたら傷開いて中身が出てくるんじゃないかとびくびくしながら下腹を抱えて歩いてしまいます。

■入院13日目■

 今週末日曜日に退院します。傷を今日初めて見ました。すごくきれいにくっついていて、痕分からないんじゃないかなと思うくらいです。ただ、まだ派手な内出血の痕と、内臓が定位置に収まりきって落ち着いていないので凸凹してます。触るとやたら固いところもある…歩いてゆすって内臓を落ち着かせないといけないみたいです。

■入院15日目■

 無事退院しました。『退院後1週間は入院中と同じ生活をし、その後家事等をゆっくり始めるようにしてください。一ヵ月たつまで入浴と自転車、バイクは不可です』と記入された注意事項ペーパーを持ち帰りましたが両親は信用してくれません…。


↓いつも応援していただき、ありがとうございますv

にほんブログ村

おもしろ日記 ブログランキングへ

edit

CM: 2
TB: 0

page top

Category: 入院日記

過去の入院日記 その2 

2012/09/15 Sat.

■入院4日目■

 死にかけてます…はぁはぁ…昨日手術したばかりなのに…はぁはぁ…ご飯の介助もなくて、気合いで起き上がって食べようとしたら、障子も張れないくらいうすい重湯と魚の味はするけど姿が見えない汁とジュースでした…。重湯の蓋が硬くて開かず、一生懸命開けようとしたらひっくり返してしまい軽く火傷…さっきまで寝返りもようようだったのに着替えと後始末に体力を消耗し(ナースコールで看護婦さん呼んだらあまり気がきかない方で

看『私何をすればいいんでしょう?』

と言われました…仕方ないので着替えるのに袖から点滴とおすのをしてもらって他は自力でなんとかしました。やればできるもんだけど、痛いの堪えて動く為に入院してる訳ではないはずよね…)、今腹痛おこしてひっくりかえってます…色々散々。食器を廊下の返却棚に返しに点滴台に捕まってようよう歩いて行ってたらこの看護婦さんに

『1日目で歩きまわってるなんてすごいですぅ!』
と誉められ、無性に腹がたって仕方ない… (医者の指導では2日目まで要安静なんだけどな…)

 身体が不自由だと短気になって仕方ないですね。自分のできないことは人に世話してもらわないといけない身の上なんだから謙虚にならなきゃいけないはずなのに…。火傷を冷しながらなんだか悲しくなってしまいました。

■入院5日目■

 今日の昼から三分粥になりました。オカズは煮魚とトマトサラダと山芋なんだけれど見分けつくかしら?私はトマトサラダだけ判別できました。山芋と煮魚は食べても判別つかなかった…味音痴?

 今朝髪を洗ってもらいました。有り難かったのですが、シャンプー台の椅子の背もたれが自動じゃないのですよ…手動で倒しておいて患者さんが自力で倒れる。腹切ったばかりで腹筋100%使用させるような台病院に入れたらあかんがな!シャンプー後また腹痛で倒れ痛み止め入れてもらいました…(涙)。

■入院6日目■

 術中術後エコノミー症候群防止の為に両足膝下から足首まで器具をとりつけてマッサージをされてたのですが、左足と相性が悪かったらしく、真っ赤にプツブツと発疹がでて痒い…。同じ私の足なのに右足は平気そうにしてるのが不思議でならないけれど、片足だけで助かったわ。

 昨日の夕方から身体に繋いでいた全ての管が外され自由の身に!

 今日も髪を洗って貰いました。若い看護婦さんで大変不安。洗髪台と椅子の距離と高さの調節を私を乗せたまましようとし、無防備に身体を背もたれに預けてる私ごと倒してくれました。

「あいうえおーっ!!!!!!」
腹筋と口から悲鳴が上がりました…

 腹が燃えるように痛い… 痛い思いはしてるけれど基本的に運動不足なので絶対頬はこけても痩せはしないと思うのです。 寝てると感じない内臓の重みを起きると下腹の縫合部分で敏感に感じます。なかなか重い…。

 看護婦さんの中にサザエさんがいます。サザエさんは点滴の針を私の腕に刺してから中で針を動かして血管を探そうとするのです。おかげで点滴が漏れた訳でもないのに内出血をおこしてます。更に針を抜く時は、固定してあるテープを剥がすのに夢中で針が入ってることを忘れたかのように針ごと左右に揺すってくれます。おかげで針が抜けると同時に跳ねあがり、隣のベッドとの仕切りカーテンに血が飛び散りました。点滴ってこんなに痛いものなの…?

 サザエさんはカーテンを開けて入って来るのに帰りは閉めずに出て行きます。仕方ないので

ひ 『すいませんがカーテン閉めていってもらえますか?』

とお願いすると

サ『はいはい!』

と勢い良く閉めてくれますが、勢い良すぎて反対側が開いたことにも気付かずに帰ってしまいます…。

 サザエさんが『今日の担当です。宜しくおねがいします!』と挨拶にくるとその日一日1人我慢大会になります。

続く


↓いつも応援していただき、ありがとうございますv

おもしろ日記 ブログランキングへ

にほんブログ村

edit

CM: 1
TB: 0

page top

Category: 入院日記

過去の入院日記 その1 

2012/09/14 Fri.

 5年前の11月に子宮筋腫で入院手術をしました。
 ひなこは三十路になるまで入院しなければならない程のけがも病気もしたことがなかった為、この時の入院は大変貴重な体験でした。希望のあった友人に毎日入院日記なるメールを送って過ごしておりましたが、毎日ネタには困らなかったのです。少し修正してここにアップいたします。

■入院1日目■

 病室は4人部屋で、築5年程度の病棟は大変きれいです。
 今日は抗生剤の検査をしました。蚊にさされたようにぷっくりなってなんか痛い…検査係の人は『痒くならなければイイ』と言っていなくなりました。痒くはないけれど服がすれる度にひりひりするのがいやんな感じ…。

 その日はもりもり夕飯も食べて9時に消灯。しかし、そんな早くに寝られない…。隣のベッドのおばさんのいびきすごい…そのうち慣れるだろうけれど(私は適応力には自信がある)慣れるまでがたまらん…今夜は熟睡をあきらめるべきだろうな。うとろうとろしていると夜中の2時半過ぎ、へんなサイレンが鳴り響く

『地下一階で火災が発生しました急いで避難して下さい!!』(機械音声女性バージョン)

ひ『はいいいいいっ!?』

 私はとっさに自分の持ち物の中から貴重品と携帯を取り出し、コートを羽織ってさっさか隣の非常階段から(ここは4階)逃げようとしたのですが、ちょっと考える。「看護婦さんの指示を待たずに勝手な行動はダメだろう。それにここには車椅子や身動きのままならない患者さんもたくさんいるのに、夜間で看護婦さんの数は少ないから動ける者が助けてやらないと…」

『先ほどの放送は火災報知器の誤作動です。』

ひ『…………』

 私は用心深い性格をしている為、すぐには信用できずひとりもんもんと、「一度自分の目で確認に行った方がよくはないか?とりあえず外に出て様子見て問題なければ戻ってくればいいんだし…」

『火事です火事です急いで避難して下さい!!』(機械音声男性バージョン)

 またしても報知器の院内放送が

ひ『どっちなん!?』

『先ほどの放送は火災報知器の誤作動です。』

ひ『……詰め所に行こう…こんな放送繰り替えしてるのに看護婦さんが来ないってのが問題よねえ…しかし、何故同室の3人は寝たきり起きてこないのだろう?安定剤でも飲んでんのやないやろか…』

 結局放送は火災報知器の誤作動で、婦長が止めに行ったんだけれどなかなか止まらなかったとのこと。同室のおばちゃん達は

『持って逃げるもんなんかないからね』

と色々年とってあきらめ入ってたり、熟睡してほんとに気付いてなかったり…(汗)。

 初日の説明に来た看護婦さんには



『院長は他の医師より手術痕大きいし、点滴多いし、慎重すぎるから治療長引くし、今さらおそいけど他の医師に担当してもらったほうがよかったのにねぇ』
と言われる始末… 入院初日から災難だ… 体調悪くはないのに検温で熱が37.5℃ある言われるし、(入院中ずっと微熱は下がらず…しかし本人に自覚症状はない)テーブルに携帯や眼鏡を出しておくとしっかり引き出しに片付けてくれる座敷わらしもいます。(寝る前に出してて、火災報知器で起きると片付けられてて、また出しておいたら、朝また片付けられてた…なんなのだろう?)

■入院2日目■

 本日剃毛しました。『頭の毛は散髪しないと伸び放題のびるのに、下の毛は散髪しなくてもえらいことにはならないのはなんでだろう?』
と不思議になった。明日の午前中に手術します。



■入院3日目(手術日)■

 私の筋腫は子宮の外側にあった為、他の臓器に癒着をおこしている危険があるとのことで、癒着していた場合はがす作業で臓器に損傷を与え多量の出血を伴う危険性がありました。手術前に800ccも自分の血を貯血したのはその場合の輸血の為なんだそうな。唯一家族の中で同じ血液型だった兄は、わざわざ休みをとってかけつけてきてくれていたそうです。普段真面目で無口でおもしろみのない人だけれど、こういうところで出る兄妹愛には頭が下がります。
 弟からは術後に以下のメールが

『生きてはりますか?ハイハイ。お腹の痛いのはよく分かるよ。気分が明るくなる本を読んだほうがいいよ!笑いの文化人講座とか!』

 弟が盲腸で入院した際(同じ家に住んでいながら弟が入院したことを翌日まで気付かなかった…トイレでげえげえ吐きながら「お姉ちゃんおなか痛い~」と言ってたのは覚えてる)、ギャク漫画とか笑いの文化人講座とかをお見舞いに持って行ったことを根に持っている様子…A型はしつこいな…。

 手術室に眼鏡は持ち込み不可なので、部屋に入る前に母に預けると看護婦さんの肩につかまって誘導してもらいました。初めて入る手術室だから詳しく様子を見ておきたいのに…ド近眼なのが悔まれます。手術用のベッドは十字架みたいになっていました。横になると両手両足は動かないように軽く拘束されます。右腕には血圧計、人さし指に血中酸素量の測定器。左腕には麻酔薬注入用の針をさされ、胸には心電図のぺったんをいくつか。作業は早かったです。

『今から麻酔薬を注入します。すぐに意識がなくなりますので。』

 左手首からジャ~ンという痺れというか咽からアルコールが入って来た時に感じる熱さのようなものが凄い早さで腕を通って全身の血管をつたっていく感覚を感じましたが、覚えているのは左の胸と首のあたりにまでで 、医師に会ったら傷はできるだけ小さくお願いしようと思っていた私は『せんせいによろしく~…』ふう~っと意識を失ったのです。
 夢は見たのか見てなかったのか覚えておりません。ふっと目を覚ますと手術室の煌々としたライトが見えました。看護婦さんの

『終わりましたよ~分かりますか~?』
という声が聞こえて、急に咳きがしたくなり一生懸命咳きをしようと咽と胸が頑張るのですが何故か出てくれないのです。

『今酸素の管を外しますのでね』

 鼻から咽の奥まで酸素の管が入っていてその為に咳きが出なかったんだと分かりました。管が外されると気持ちよく咳きが出ました。腹部に違和感を感じたけれど、この程度なら我慢できる感じだったのです。(手術中は呼吸の為に内蔵が動くことをさける為、薬で自発呼吸ができないようにし、直接酸素を管で肺に送るのだそうだ。)しかし、それはその後すぐ完全に麻酔がきれると違和感が痛みに変わり、どうにもまっすぐ身体をのばして上を向いて寝ることが苦痛で仕方がなくなったのです。

 私の病室から私のベッドが運んでこられ、寝巻を着せられた私は手術台からのびた台に寄せられ、そこからベッドに転がされました。
 すぐに横向きに寝返って腹をかばうひなこ。ものすごくしんどい。お腹が痛いのは当然だとしても身体中が訳のわからないしんどさで悲鳴をあげてるようでした。この時の身体の様子は、下半身にカテーテルと両足に『ウィズゼア』とか言うエコノミー症候群になるのを防ぐ為のマッサージ器をはめられ、右手には輸血の点滴と血圧計、左腕には点滴。顔に酸素吸入。寝返りはそれらの管をひっぱりながらなのでいいかげん体力消耗している私には、1度寝返りうったら2度目の寝返りには思いきりが必要でした。

看『痛み止めは病室についてからです。それまで我慢して下さい。』
 お腹切られて、ホッチキスで止めた状態の痛みは…ベッドの足のタイヤがころころ転がるのさえ苦痛で『頼むから動かさないで~!!』と病室までの距離がものすごく長く感じられたのでした。
 それでも手術の様子が気になったので、ベッドと共に歩いてる母をみつけて

ひ『…手術…どうだった…?』
母『大丈夫癒着してなかったって。無事成功してるからね。』

 目を開けているのも億劫で、気を許すと意識が沈んでいく感じが波のように襲ってくるのを、必死に耐えながらの会話。今考えれば逆らわずに眠ってれば楽だっただろうに何を頑固にふんばっていただろうか…?
 手術は午前10時から始まり、終わったのは11時40分だったそうな。昼には両親も兄も帰宅し、私は狭いベッドに寝たきりで翌日の夕方まで身動きがままならないまま。
 ひなこは体温計を見てからひっくりかえる性格なので、抜糸するまでお腹の傷を自分で確認することはしませんでした。痛み止めを入れてもらっても痛みが薄くなるだけで、足にからみつくマッサージ器のコードや点滴の管やカテーテルも邪魔でなかなか寝苦しい。1~2時間ごとに点滴を変えたり傷の出血具合を確認しにくる看護婦さんでその夜はほとんど眠れずに過ごしました。

 続く


↓いつも応援していただき、ありがとうございますv

にほんブログ村

おもしろ日記 ブログランキングへ

edit

CM: 0
TB: 0

page top

2017-10

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。